今月のローテ、形成外科では患者さんはほとんどが元気なヒトだ。たまに、床擦れの治療をしなければいけないので寝たきり患者も少しは回るのだが。
先月、神経内科を回ってつくづく感じたのが、平均寿命ってなんだろうということ。どういうことかと言うと、心臓が動いて、呼吸さえしていれば、「生きている」ということになるため、意識不明の寝たきり患者も平均寿命の算定には入る。
大きな声でいう人があまりいないのだが、一般の方にもやっぱり考えていただきたい。
寝たきり、コミュニケーション不可能、摂食不可能、の状態のヒトを、どうやって生かすか。もちろん、こういうヒトは、自分では全く生きていけない。寝たきりで床擦れができて感染し、胃婁から流動食を入れれば逆流して肺炎になり、点滴で栄養を入れれば留置針で感染する。
一体どうすればいいのか?こういった完全寝たきりの患者は、もっとも手がかかり、もっとも感染のリスクがある。
正直言って、家族にも大きな負担だ。うちの病院は急性期の病院なので、こういった寝たきり患者をお看取りするまで入院させているわけにはいかない。いわゆる老人病院や施設に転院してもらわなければならない。しかし、そういった施設や病院の方が、はるかに金額が高い。月20万円程度は当然だ。うちの病院に「単に」入院しているだけだったら3-4万円だから、いったん腰を落ち着けてしまうとなかなか転院してくれないで困る。家族にとっては、うちの病院が急性期だろうがなんだろうが関係なく、安いからおいておいてくれという事になる。
こういったことで頭を悩ますことは日常茶飯事なのだが・・・冷静に考えていただきたい。全く自発運動がなく、目を開けることもなく、食事も自分で取れない状態のヒトにどこまで医療を施す必要があるのか?
簡単に言えば、植物に水をあげているだけだ。治る見込みなぞ全くなく、心臓が止まるまでずっとその状態。リハビリをするレベルでもない。こういう人たちが、病院にはたくさんいる。そして、平均寿命を延ばすことに貢献し、膨大な医療費を消費している。
中には、年金が出るから生かしておいてくれという家族もたくさんいる。
ヘタに点滴だの胃婁だのの方法があるために、本来なら寿命といわれる人が生き延びているということだ。
尊厳死という言葉があるが、進歩した医療によって生かされているだけの人がどれだけ多いことか。終末期医療で、どこまでやるかを、もっと考えるべきと思う。
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